燦太郎の日記

思ったこと、感じたこと、考えていることを自由に書いています

新元号ですね

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

とうとう令和が始まりましたね。

平成生まれの私からしたら元号が変わるのは初体験だったので、今後どういう風に日本の空気が変わっていくのかが楽しみです。

 

 

 

私たち若者世代は、暑苦しいおじさまなどに対して「うわ、昭和だな〜」と思いますが、令和が始まったことによって、私たちも「うわ、平成だな〜」と言われることがきっとこれから増えるのだと思います。

 

 

 

いつの時代に生まれたからといって、それだけで人を判断するのはどうかと思いますが、少なくとも生きた時代がその人の人格形成を左右するということはあるでしょう。

私たちと、昭和生まれの人たちとでは、当たり前にあったものだったり、常識的なことも多少の変化はあるでしょうし、

令和生まれの人は、生まれた時からスマホがある時代です。

そう考えたら一体どんな世代のカラーになるのだろう...

 

 

 

平成に生まれたくて生まれたわけではありませんが、生まれたからには平成がどんな時代として位置づけされるのかということにアンテナを立てておく必要がありそう。

ゆとりとかも同じことですが、「世代」っていう括りは、自分が思っている以上にかなり強い力を持っているようです。自分が気づかないうちに、周囲から〇〇世代と呼ばれ、レッテルを貼られてしまいます。しかもその根拠が生まれた年ですから、絶対に自分の力で変えることはできません。

 

 

 

周囲からされる世代づけは、何かしらの一体感だったり、むしろそこから抜け出したいという拒絶感だったり、私たち自身に様々な心理的影響を与えます。

私としては、世代づけは一般の人が自分を見るときの評価として基準になるものでもあるのでそこは踏まえつつも、あまり世代にとらわれすぎないようにしていきたいなと思います。まあ当たり前のことを書いているのですが、年上の方と話したりしていると、やはりそういう世代に関する言葉は多く出てくるのです。

 

 

 

自分が大して重要視していないことでも、世間的には何らかの基準になっているということはざらにあります。

さて、令和になり、平成はどういう世代と言われるのやら...