燦太郎の日記

思ったこと、感じたこと、考えていることを自由に書いています

自主企画!哲学史をまとめてみる#1 古代ギリシャの自然哲学

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

今回は久しぶりに自分で企画して複数回にわたって記事を書いていきたいと思います。

題して

「約10日間で古代ギリシャから近代ドイツ哲学までの大まかな哲学史を自分なりにまとめてみる」

です!パチパチ!!

 

 

 

 

実は今、哲学史の勉強を強化中。

けれど、一人で勉強していると、もう哲学史って途方もなく長いし、

インプットだけでは自分がどれくらい理解しているかもイマイチ掴めず、

かといって友達に急に哲学史の話をしだす勇気もないので、なんならこのブログで思い切りアウトプットしたろうやないか!という企画です。

自分だけでまとめるのと、読者の方が実際にいるというのではモチベーションも変わってきますので...(今回の企画は完全に自分用です、すみません)

 

 

 

とりあえず区切りよく8月の終わりまでをめどに、ひとまず古代から近代までをざっとまとめていきたいと思います。

 

 

 

 

ここで注意事項

1.私は哲学史の専門家ではないので、自分なりに学んだことをまとめてはいきますが、確かな知識をお伝えできている確証はありません。(転載はご遠慮ください)

2.哲学史にとって需要な語句など、かなり基本的なことについてまとめていきますので、より専門的な知識については触れません。

3.あくまでも自分の理解を深めるために書いているので、何か間違った点に気づいたり、わかりにくい点があったらご指摘いただけると嬉しいです。

4.私が学習の参考にした文献は以下の通りです。

・『西洋哲学史 —理性運命の可能性—』岡崎文明 他 著 昭和堂

・『西洋哲学史要』 波多野精一著 牧野紀之再話 未知谷

・『哲学用語図鑑』 田中正人著 プレジデント社

・『岩波 哲学・思想辞典』 岩波書店

・大学の授業でもらったレジュメ

 

 

 

注意事項を読んでいただいた上で、哲学史に興味ある方がいれば、この先も読んでいただけたら嬉しいです。長くて読みづらいかも知れませんが、ご了承ください...

では早速↓

 

 

#1 古代ギリシャの自然哲学

 

そもそも哲学史の始まりって一体どこからなのか?という疑問を持っている方もいるかもしれません。

人類が誕生して、言葉が生まれたその時から人間は哲学をしていたという風にも考えられますが、哲学史として学ぶのは古代のギリシャからが基本です。

なぜ古代ギリシャなのかというと、哲学の思想が文字として資料に残されているのがまず一つ。そして、万学の祖と言われる古代ギリシャアリストテレス(B.C.384-322)が体系づけた枠組みを私たちは今も受け継いでいるので、現在の哲学や学問体系の歴史を知るためには、古代ギリシャを辿る必要があるということです。

 

 

 

ギリシャ哲学はかなりの歴史を持っていて、約500年間の間にも様々な思想が飛び交っています。その流れをわかりやすく4つに区切ってみると以下のようになります。

1.自然哲学〜ソフィスト

2.ソクラテスプラトン

3.アリストテレス

4.ストア派〜新プラトン主義

 

と、これはかなり大雑把な分け方なのですが、古代ギリシャについてはこの4つの分け方でご紹介していきたいと思います。

 

 

 

 

ということで、今回は1の自然哲学〜ソフィストについて。

次回紹介するソクラテスはかなり有名のなので、名前を聞いたことがある方も多いかも知れませんし、ソクラテス以前に哲学者なんていたの?という方もいるかも。

哲学はソクラテスが発明したものではありませんので、もちろん彼に至るまでの歴史があるわけです。

 

 

 

ソクラテスに至るまでの哲学をまとめて「自然哲学」ということが多いのですが、なぜかと言いますと、彼らは自然の根源(ギリシャ語でアルケーと言います)とは何か、つまり、この世界は一体何からできているんだろうか、という疑問に立ち向かった人々なのです(ソフィストについては後ほど紹介します)。

イメージ的には今で言う科学者に近い立場。今でこそ哲学と科学は文理で分かれていますが、元々は自然に対する探求も哲学の一部でした。哲学はすべての学問の根幹と言われる所以です。

 

 

 

自然の根源なんて、テーマとしてはめちゃくちゃ大きいので、いろんな流派から様々な主張がされました。古代ギリシャの自然哲学者はかなり人数が多いのですが、簡単に紹介していきます。

 

(*見方 「人名」(生没年)/ 「その哲学者の有名な主張を表す表現」)

 

 

ミレトス派(ミレトスはギリシャの地名で、ミレトス出身の学者たちのこと)

 

タレス(B.C.624-564頃)/「万物の根源は水である」

アリストテレスが哲学の創始として名を上げるのがタレスです。これまで神話(ギリシャ語でミュトス)を中心に自然を考えていたギリシャで、合理的な視点で自然を語ろうとした人物です。

タレスはエジプトからギリシャ幾何学を導入しており、「半円に内接する角は直角である」と言う定理はタレスによるものだそうです。この点からもとても合理的な人だったことがわかりますね。

なぜ万物の根源は水であると言ったのかについての理由はわかっていませんが、自然を循環する水をイメージするとわかりやすいかも知れません。

 

 

アナクシマンドロス(B.C.610-546頃)/「万物の根源は無際限者(ト・アペイロン

)である」

タレスの水はわかりやすかったけど、いきなり「無際限者」って何?と思いますよね。

神様みたいな言い方にも聞こえますが、この無際限者と言うのはかなり消極的な思想です。

その主張は、万物の根源を何か特定の一つのものに規定してしまうと、その反対のものは存在できなくなってしまうということです。

例えば、万物の根源は水であるとすると、火の存在が消えてしまうことになる。

だから、世界はそうした際限のないものから構成されていないと、いろんなものが一緒に存在することができないというのがアナクシマンドロスの考えです。

その際限のないものを「無際限者」と呼んだのですが、その実態は何らかの物質であると言うこと以外にはよくわかっていません。とにかく、何か限定されたものから世界の根源を考えることはできないという主張が、彼の思想のオリジナリティーです。

 

 

 

アナクシメネス(B.C.588-524頃)/「万物の根源は空気である」

あ、また物質的なものに戻ったぞ!と思いますが、どうやらアナクシメネスは、先ほどのアナクシマンドロスの「無際限者」を物質で表してみたら「空気」こそがふさわしいとの発想で、この主張をしたそうです。

その空気が濃縮されたり、希薄になったりすることから、様々な自然が生じると考えました(ちょっとイメージはしづらい)。

 

 

この三者の思想はどれも「一元論」と呼ばれる立場にあります。

つまり、世界の根源をただ一つの何かに求めているのです(アナクシマンドロスも、「無際限者」のみが根源であると考えるので一元論です)。

しかしこの思想は、当時ギリシャで信じられていた神話の多神教とは相容れないものがありました。ギリシャ神話には多くの神々が登場し、それぞれが何らかの生みの親となっていたからです。

 

 

エレア派

 

クセノファネス(B.C.565-470頃)

クセノファネスは、この対立に対して明確に表現しました。多神教に反対し、神は唯一一体のものであると考え、汎神論的な立場をとりました。

*汎神論とは、神と自然は一体であるという考え方(人格神ではない)

ここから、ミレトス派をさらに推し進めた一元論が展開されることになります。

 

パルメニデス(B.C.540頃)/「あるものはある、ないものはない」

パルメニデスはエレア派の創始者で、クセノファネスの宗教的な思想を形而上学へと展開させました。彼は哲学史上で初めて「存在」について語った哲学者と言われています。存在は始まりも終わりもない、不変不動で絶対的であり、それは空間を満たす物質的なものの一つとして考えられました(彼によれば空虚も非存在)。

 

 

ゼノン(B.C.490-430)

ゼノンは、パルメニデスを批判する人々を論破しようと試みました。

その方法は、自分の主張したいことと反対のことを仮定し、それが自家撞着に陥ることを利用して、自らの正当性を主張するというもので、「ゼノンのパラドクス」として有名です。(ex.アキレスと亀や飛び矢の問題など、長くなるのでここでは割愛します)

 

 

ヘラクレイトス(B.C.535-475)/「万物は流転する(パンタ・レイ)」

ヘラクレイトスは、すべてのものはありかつあらぬ、と言いました。つまり、私たちは常に変化し続けるので、今の私と次の瞬間の私ではもう全く同じものとは言えなくなっているということです。この変化をもたらす根源を、彼は「火」であると捉えました。

常に世界は変化しているものの、何かそこに変化していないものがないと変化に気づくことはできません。その恒常性を持ったものがすなわち「生成変化の法則」であり、彼はこれを「ロゴス(ギリシャ語で理性という意味)」と呼びました。 世界は神でも人間でもなく、ロゴスが支配しているのです。

また、世界はどのように変化していくかについてヘラクレイトスは「争い」だと考えました。つまりお互い対立して、強いものが勝ち残っていくことが、世界の変化をもたらし、世界を作り上げていると言います。この克己を賛美する姿勢は後の哲学者ニーチェも高く評価しました。

 

 

 

 

さて、ここにきて②のエレア派と、③のヘラクレイトスの立場を見てみると、

世界の根源として一元論を取っている点では両者ともに位置していますが、「存在」については対立する点があります。

エレア派は、不動で唯一の絶対的な存在者を想定しましたが、ヘラクレイトスはその逆で、すべては変化していくので、絶対的な存在は認められないとしました。

以降、この両者の対立の調停に挑戦する哲学者たちが現れることになります。

 

 

(長い記事を分けるため一旦ここで終了!続きは#1−2です!)