燦太郎の日記

思ったこと、感じたこと、考えていることを自由に書いています

経験の説得力

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

「経験者は語る」と言う表題の後には必ず、なるほど〜と納得してしまうように、経験の途轍もない説得力を実感したことがある人は多いと思います。

 

 

 

 

私もその一人で、いろんな経験をした人の話を聞くのが大好きです。そして、自分に説得力を持たせるために、いろんなことを経験したいというようなことをこのブログにも書いていた気がします。

 

 

 

経験って本当にいろんな意味で強いんですよ。哲学においても、「知覚」(これは哲学においては経験を表す代表的な言葉です)は人間の根源的な活動の一種で、これについて様々な議論がなされるほどにとても重要なターム。

 

 

 

 

哲学的な思考もかなり経験論に寄っていた私ですが、なんだか最近気が変わってきまして。経験って、それだけじゃ使い物にならなくないか?っていうお話です。

 

 

 

 

もちろん、経験それ自体は(言い方悪いですが)とても価値のあるものだと思っていて、どれだけ難しい様々な理論よりも、たった一回の経験がめちゃくちゃヘビーだったりもするわけですが、

要するに大切なことって、経験して何を学んだかってことなんですよね(ようやく気がついたか)。

 

 

 

 

例えば、どれだけ有名なジャズミュージシャンのライブを聴いてきたといっても、その人の耳や感性にどれだけ影響を与えたか、もしくは与えなかったのかというその人自身の学びがなければ、その経験はとても空虚なものになってしまう気がします。

本当にすごい良いライブにいった!と感じて話している人からはその感動が言葉や表情から伝わってきます。話を聞いているこっちもワクワクする時さえあります。

でも逆に、そのライブに「行った」ということそれ自体に執着している人の話は、当時の様子がわかったりしてそれはそれで面白いのですが、説得力という面では正直とてもつまらないのです。表面的で、まるで歴史の教科書を読んでいるかのような感覚。

 

 

 

 

 

 

でも、世の中では結構「経験それ自体」に価値が付随していることが頻発していると思うんですよね...

SNS上の「ディズニーランド行ってきたよ!」って投稿に対するイイねと、

「ディズニー行ってきた!めちゃ楽しかった〜」って投稿に対するイイねって、一見似ているけれども、全然質が違うように思いませんか(私だけかしら)?

後者は経験を踏まえた上での感想が述べられているので、それに対してのイイね(つまり共感です)ってわかるんだけれど、前者はちょっと微妙。

 

 

 

 

前者は、ディズニー行く=最高に楽しいっていう推測のもとでイイねしているにしても、他人の経験に勝手に前提つけてしまっていいのか?とも若干思いますし、本当に単にディズニーに行っただけでは何もないですよ。自分のいる場所が物理的に変わっているだけで。

経験を通して感じたり、考えたりするという大切な部分を抜かして、経験に対してだけ羨ましく思ったり、めちゃくちゃ価値を置いたりするのって結構危険だと思うんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

これは自分自身にも言えることだけれど、経験したからってそれだけでは説得力ないです。そこからリアルに感じたこと、学んだことを頭で整理して、何かに応用できるようになったとき、初めて説得力が生まれてくるんだと思います。

「経験してきた人間」ではなく「経験から学んできた人間」になりたいものですねぇ。