燦太郎の日記

思ったこと、感じたこと、考えていることを自由に書いています

心の闇ってなんだ??

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

以前このブログで書いたように、私はバレンタインというイベント(の気を使わなくちゃいけないあの感じ)が苦手なので、バレンタインが無くなってほしいと思っているのですが、

そのことをバイト先の人に話すと、

 

 

「ええ!闇を感じる…!」

 

 

 

と言われました。

 

 

 

 

え…ヤミ…?

むむむ???

 

 

 

これはどう解釈するのが正解なのでしょう…

おそらくその方は、 

通常盛り上がるはずのバレンタインイベントに対して、「滅んでほしい」というようなマイナスな意見を発する私の様子に闇(病みなのかな…変換どちらだろう)を覚えたのだと思います。

 

 

 

確かに…

よくよく考えてみると、

お父さんが某有名お菓子メーカーに勤務しているご家庭のことを思えば、発するべき言葉ではないのかもしれません…

明るい家庭に忍び寄る闇に見えることでしょう…

 

 

 

でも単に、ワイワイイベントに対してのマイナス意見を発したことに闇を多くの人が感じるのであれば、やはり私は多くの人と感覚がずれているのかもしれません。

というのも、私自身がバレンタインイベント自体に闇を感じているからです。

あのイベントには、純粋なラヴの気持ちだけでなく、色んなダークマターが潜んでいるのです(下心しかない女達、チョコがもらえないからといって落ち込む男達、そしてもちろん日本のお菓子メーカーの陰謀…)。

 

 

 

 

黒いな〜と思うイベントに対して、否定をしたら「闇を感じる」とは…

なんともすごい感覚の違いである!と心の中で驚きました。

 

 

 

 

そういうことを考えてる内に、「心の闇」とかってそもそも何なのだろう…という疑問が。

私も「闇」という言葉はよく使いますが、人によって闇を感じる部分が違うとすると、結構使い方を気をつけないとなと思いますよね。

 

 

 

 

何かに対して否定したり、滅亡を願ったり、恨んだり、ひねくれた態度をとったり、そういうのを闇っていうのでしょうか。

確かに憎悪とか、呪いとか、ルサンチマン(怨恨)とか感情が強く関係するものには闇を感じるのですけれども、

ちょっとひねくれていたり、皆に迎合しないだけで、「闇抱えてそう」「病んでる」っていう表現はどうかと思っちゃいます。

 

 

 

 

その人から見たら皆のほうが闇に見えることだってあるかもしれないし。

闇に対しての一定の共通感覚はありそうですが、視点によってはそれが光に見えたり見えなかったりもするのかなーとか考えたりしています。