燦太郎の日記

思ったこと、感じたこと、考えていることを自由に書いています

自分のことを哲学しすぎるとしんどい

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

一人の時間が大好きな私ですが、あまりにも一人の世界に入る時間が長くなると、ものすごく息苦しくなってくることがあります。

 

 

 

 

 

少しずつ息抜きをして外の世界を見ておかないと、思考のベクトルが全部自分に向いてしまうんです。調子がいいときは、自分についてしっかり考える機会になるのでいいのですが、度が過ぎると本当にしんどくなります…

 

 

 

 

何か同じことををずーっとやっていると、ふと、何で自分こんなことしてるんやろ??って思う経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。

それが極限までいくと、

結局自分ってどんな存在なんだろうみたいなところまで思考が進んで、でも答えはそんな簡単に出ないから、パソコンの読み込み中のぐるぐるが頭の中をずーっと支配するんです(私だけでしょうか…)。

 

 

 

 

でもこれって、考えてるようで全然合理的に考えられてない、つまり「考えてる風」の状態なんですよね。

私、悩める若者なんです…若き燦太郎の悩みなう〜…!

っていう自分に酔ってる感じがする。

 

 

 

 

そういう自分に対して「寒〜…」って思う自分も同時に現れてきて、アンビバレントな状態が続くのがかなり精神的な負荷です。

「死それ自体」について考えることは有益だけれども、「なぜ人間は死ぬのか」について考えることは不毛であるのと同じように、

考えても不毛なことにずっと留まってしまうのは、何かしら自分がスッキリしていない証拠。

 

 

 

 

そこからうまく抜け出すために旅とかに出るのが一番いいのでしょうけれども、スケジュールの関係でうまくいかなかったりするのでなかなか難しいので、こうしてブログに綴りながらちびちびと発散しているのですが…