燦太郎の日記

思ったこと、感じたこと、考えていることを自由に書いています

役に立たない学問ってなんだ?

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

哲学を勉強していると言うと、就職大丈夫なのとかよく心配される、通称「哲学って役に立たつの?」問題はずっとつきまとっているわけです。

私としては役に立つ!と言いたいのと同時に、

まぁ確かに哲学実際に役立っているの目の当たりにすることはめったにないな…とも思っていて、正直ものすごくもやもやしていました。

 

 

 

 

 

電車に乗っていたら、「自分の子供には数学と英語を勉強してほしい!理科とかいらんから!特に歴史とかいらんから!!!」って言っている男性の話が聞こえてきて、ものすごく憤りを覚えました。でも一方でビジネススキルとしてはそりゃ歴史は関係ないように見えると思うと何も言えなくなって。

 

 

 

 

こんな感じで悶々としていたところ、大学の教授からとても面白いことを教えてもらいました。それは、

リベラルアーツ(教養)と実学(技術)は全く違うということです。

 

 

 

 

当たり前っちゃ当たり前ですが、簡単にいえば、学問といえど目指す目標、土俵が違うということなのです。

哲学や歴史学、一種の理学的学問は物事の真理を探究する学問である(リベラルアーツ)一方で、医学や工学などはその技術をいかに使うかをその目的としています。なので、後者はどちらかといえば専門学校とやっていることが近いのです。

(心理学や経済学は統計学であるので、社会に対する応用性でいえば実学にちかいです)。

 

 

 

技術を磨いている人からすれば、真理探究はなんの役に立つのか?と思われるのも当然だな…と気づいて、目的が違うとわかったらなんだかとてもすっきりしました。

 

 

 

 

真理を求める側からすると、技術を磨く方たちの努力から恩恵を被っているので、本当にありがたいとおもっています。でもだからといって、リベラルアーツが不必要だとは決して思いませんし、やはり必要だという私の意志はより一層強くなりました。

 

 

 

すごくスケールの大きい話になってしまうかもしれませんが、

ずっとこの社会で生きていく上では、技術だけを学んでいてもどこかで躓く時が必ずくると思うのです。発展した社会では、単に生きるだけでなく、生きる意味や生きがいを考える余裕さえあるほど豊かであります。

鬱や精神的に病んでしまうことの1つの原因に、その考え方やなぜ悩んでいるのかがわからないということは挙げられると思います。

様々な歴史をみて今の社会を客観的に捉えたり、文学作品から情緒の不思議を読み取って自分に反映させてみたり…そういう内面的な学びは今の私達には必要なのではないでしょうか。

 

 

 

 

今ビジネス書でも、ビジネスで使える哲学とか、教養としての西洋美術とかが売り出されていますが、まさにこれは実学ばかりを学んで、社会人になってリベラルアーツが足りていなかった人が多くいるから売れるのでしょう。文学部を縮小するなどと言っているようでは、この国はまだまだ世界に遅れをとってしまうでしょう。もう技術だけ伸ばして成果が出る時代は終わりかけていると感じます。技術を伸ばしながらも豊かな思想で現代の複雑さに対応していく人間力が求められているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

偉そうなこと言っていますが、教養だけではだめなこともまた事実。私自身もなにか技術を身につけたいといま色々模索中です…