燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

喧嘩するほど仲がいい?

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

 

ずっとこのブログでも追い続けているテーマ、「人との距離感」について。

私は以前から申し上げている通り、親しき中にも礼儀あって欲しいタイプです。

すごく仲のいい友達でも、恋人でも、家族でも、なるべく迷惑をかけたくないし、変にダラダラと甘えたくないです。

なので自分が機嫌が悪いときにはできるだけ人に会わない、というスタンスを持っています。ポーカーフェイスができればいいのですがかなり苦手なので...

私の不機嫌な発言や言動でその場が楽しくなくなってしまうのがとにかく嫌なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、親友や恋人にまで自分をさらけ出していないのか、それって遠慮の壁があるんじゃない?と感じる方も多いでしょう。

確かに、好きな人に自分のいろんな面を知ってもらう、または知るというのはお互いの距離が縮まることです。愛というのは無条件に相手のことを受け入れることだと思いますから、隠している部分があるとその愛に深みがないのかもしれません。

でも全部さらけ出したところで人間関係うまく行くとは私は(現段階では)思えない。

相手にそういうネガティブな面があるということを知識として入れておいてもらうのは必要ですが、何も無理に「体感」させなくてもいいと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

私の中での思考段階はこうです。

 

1.人と会うということは、会って楽しい、面白い、元気が出るなど、何か次に繋がる生産性があるようなイベントであってほしい

 

 

2.私は典型的なオンオフ型であり、体力的、精神的に弱っているときはオンに切り替えられないので、人と会うことにポジティブな意味合いを見出せない

 

 

3.オフにしたいのにオンを無理やり続けてしまうと、人に当たってしまいそうで自分が怖くなる(そういうの関係なしに街中で怒鳴り散らしている人がいますが、あれは非常にこちらの気分がよろしくありません、絶対にそうはなりたくないのです。平和主義なので)

 

 

 

 

 

人に当たってしまいそうで怖くなると書きましたが、生まれてこの方、人に怒鳴ったりしたことがないので、本当は人への当たり方がわからないのかもしれません。

というのも、私の育った環境が大きく影響しているのかなと思います。

父と母は基本的に話し合って問題を解決して行こうとするタイプなので、お互いがムキになって怒鳴りあったりしている様子を見たことがありませんし、二人とも私に怒鳴ったこともありません。しつけで叱られたことは何回かありますが、機嫌が悪いからといって態度を急変させたり、イライラを私にぶつけてくることも全然ありませんでした。

 

 

 

 

 

 

なので、怒ってストレスを発散させるというようなやり方がそもそもピンと来ず、まず自分がなんで怒っているかとか、自分は今どんな状態なのかを考えて、時には人に相談しながら機嫌の悪さを整えるやり方でこれまでやってきました。だから、機嫌が悪い時に人に会っても、結局自分でぐるぐると考え込んでしまい、相手を自分の心の中に入れる余裕がなくなってしまうのだと思います。

相手の話を真摯に聞けなくなり、その存在にきちんと向き合えない状態で人と会っても、何も生産性がないのではないか。これをドライというのかもしれませんが、どうもそう考えてしまいます。

ただそばにいるだけというのも、私にとってはエネルギーを消費することなのです。

一緒にいる相手を無視して、ストレス発散のはけ口にするのは絶対したくない。相手に対して怒りがある場合は別ですが、関係ない人を私の不機嫌に巻き込むのは一周回ってさらにストレスになってしまうと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

喧嘩するほど仲がいいって本当なのでしょうか。

喧嘩しなかった時よりも、言い合いになって後から「ごめん」って謝った時の方が、お互いの距離が近づくのでしょうか。

お互いが衝突するトラブルが多い方が、その絆は深まるのでしょうか。

今の私にはその根拠がわかりません。単なる自己防衛なのかもしれないけれど、本当によくわからないのです。

どなたか教えていただけないでしょうか。