燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

なぜ私達は人間的にクズなミュージシャンでも尊敬してしまうのか

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

チャーリー・パーカーを筆頭に、薬物中毒や暴行事件など世間的にはマイナスイメージを放ちまくりのジャズメン達。

ジャズだけに限らず、他のジャンルでも、ミュージシャンは結構遊び人の人が多いのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

人間としては尊敬できないし、何ならこの人ら俗に言う人間的にクズじゃん…と思うのですが、それでもやはり彼らは私達にとって本当に憧れの存在です。それは楽器の技術に優れているからという理由だとしたら、音楽以外の技術もたくさんあります。

 

 

 

 

 

 

例えばお金儲けの技術。株や投資で儲ける頭脳と運を持ち合わせた凄腕の投資家もたくさんいます。

女とお金にだらしない投資家と、女とお金にだらしないミュージシャンを比べたとき、私はやはり前者の方がいや~な印象を受けます。

その違いは何なのだろうとふと思ったんです。 

 

 

 

 

 

私が思うに、ミュージシャンや芸術家というのは、純粋さがどこかに残っている感じがします。本当に素晴らしいプレーヤーは、人一倍、感受性が豊かで、心の底から音楽に感動したことがある人なのです。

現存するジャズメンが、過去の偉人を愛しているという内容のツイートをしているを見かけますが、人に感銘を与える人は同じくらいかそれ以上に他のものから感銘を受けていると思います。

 

 

 

 

 

 

 

だから、バードがどれだけ薬中でも、音楽に対する熱量、うまくなるためにひたむきに練習してきた純粋さというものを感じられる限り、私達は彼を嫌うことができません。尊敬するばかりなのです。

純粋で素直な一面というのは、人が人を許す大きな要因の一つなのかもしれません。