燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

セクハラ論考

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

今「セクハラ」って言葉が流行っていますよね。自分も無縁ではない年齢になってしまったので、ハラスメントということに関しては考えることが多いです(以前の記事で書いた気がするけどいつか忘れてしまった...)。

 

 

 

 

 

 

 

 

私と他の女性とで嫌がる基準というものは違うと思うので、一概には言えませんがとにかく私が今感じていることを書きますね。

 

 

 

 

 

 

結構前からセクハラについては考えていたのですが、先日新たな発見がありました。

それは、「普段その人とどれくらいの頻度で会うか」ということが、嫌だと感じる割合に関係しているのではないかということです。

私自身、飲み会の席などで男性に下ネタを言われても(度合いがひどくなければ)まだ一緒に笑ってその場を持たせることができるタイプだとは思うのですが、状況を考えて見たときに、「こういう機会はたまにあるから対応できるんだな」と感じました。

 

 

 

 

 

 

 

また、そういう発言や行動する以外の面、つまり、スポーツがすごくできたり、音楽ができたり、そういう恋愛とか性的関係の面以外では人間としてとても尊敬していたりすると、私自身はまだ耐えれます。

でも、そういうセクハラ的な行動がその尊敬を超えてしまうと完全にアウトです。

尊敬している部分も見えなくなってしまいますし、悲しいことにその人の善行も下心からくるものなのではないか?と考えるようになってしまうからです。

 

 

 

 

 

 

セクハラの現場が学校や職場に多いというのもそういうことなんだと思います。

その人のいろんな面が見えるようになって親しくなるというパターンの逆もまた然りで、その人の素性が見えすぎて嫌になってしまう。

そして、ほぼ毎日会う職場の上司がそんな風にしてきたら、仕事にも集中できないし、ずっと恐怖心を抱きながら過ごしている女性も多くいると思います。

私自身も、本屋で仕事中に変なおじさんに何回か絡まれたことがあるのですが、正直、仕事中も怖くて集中できませんでした。また来るのではないかと思って、ずっと背後が気になりますし、全然関係ないお客さんに「すいません」と声をかけられただけで、またあの人なんじゃないかという恐怖が(いやでも)湧いてきてしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

恐怖だったり、嫌悪感というものは、時間をかけないとその気持ちは薄れていきません。理性で考えてどうこうという話ではないのです。なので、会う頻度が少なければまだ気持ちの切り替えもできますが、同じ職場となると、その恐怖がずっとキープされたまま消えない状態が続いて、耐えられなくなってしまうのではないでしょうか。

ストーカーに対する恐怖なども同じ原理でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

まあ単純にそういう話をされて気分悪くされる女性が多いでしょうし、第一、好きでもない男性に変に触られたりするのは普通に怖いと思います。何されるかわからないし、やはり力では勝てないので...

朝からこんなことをぼーっと考えていました。まだまだ考察加えれそうなので、また何かご意見あればお願いします。