燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

辞任

 

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

今ニュースではボクシング協会の話をよく耳にしますね。会長は辞任をなさったようです。

訴えた側の方たちは目的達成(?)で喜んでらっしゃるでしょう…

 

 

 

 

この話だけでなく、日本のニュースにはよく「辞任」という言葉が出てきます。

過ちや不正の責任を取るために辞任をするということが当たり前のようになっていますが、その風習にはちょっと疑問がのこります。

 

 

 

 

というのも、辞任で責任を負えるのか?ということです。もちろん、その人は職が無くなるわけですから、人生賭けてる感じはするのですが、本当にその仕事で責任を取ろうと思ったら、心を改めて、自分の不正でだめになったことを自らの力で立て直すということが求められてもおかしくないと思うんです。

 

 

 

 

だから今回のボクシングの件でも、何か第三者の目を光らせて会長を更生させて、信頼を失ったボクシング協会を立て直すことに尽力させよ!という世論が出ないのが私にとっては不思議なんですよね。だってやめてしまえば、「悔い」はするかもしれませんが、その仕事に関しては「改め」られません。

世論が辞任をすぐ求めるような風潮になるのは、そのポストを狙っている人物がいて、その力が働いているのは十分わかるのですが、じゃあ「責任を取って辞めろ!」というより、

「私の方がもっと協会をよくできる!」というアピールをすればいい気がします。

 

 

 

 

 

 

総理大臣でもコロコロ代わった時がありましたが、世の中「辞めれば責任取れる」というのはある意味で望まれる結果なのかもしれませんが、どうも正しいとは思えません。

皆さんはどうお考えになるでしょうか?