燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

哲学的なことを考えるようになったきっかけ

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

今回はとても興味深いご質問をいただきました。

哲学的なことを考えるようになったきっかけについてです。

質問者の方は、小さい頃に両親に自分の気持ちを理解してもらいたかったけれどもそうはいかず、そのことが哲学の本を読み始めるきっかけになったそうです。

 

 

 

 

 

 

私自身、実際に哲学的な思想に出会ったのは高校の倫理学の授業で、そこから興味を持ち始めました。

しかしなぜ哲学に惹かれたのかというと、自分の性格に合うと言いますか、自分を受け入れてくれるような気がしたんです。

 

 

 

 

 

 

 

両親は私の良き理解者であったのですが、逆に同世代の友人関係に悩むことが多かったのを覚えています。学校などに通い始めると両親よりも同級生といる時間の方が圧倒的に長いですよね。同級生との表面的なトラブルなどはあまりなかったものの、子供の中で共有される何か目には見えない常識みたいなものにとても窮屈さを感じ、かなりストレスを抱えていた時期もありました。

例えば、保育園の頃から友達と喧嘩したときは、まず自分はどこが悪かったかを反省するように両親から言われてきました。そういう態度が先生からは褒められたりしましたが、逆に同世代の間では「そんなことしてたら自分が損するでしょ、何やってんだよ」というような空気感があって、それに耐えるのは結構大変でした。

自分はただ状況を冷静に見て、自分の欠陥を事実として述べただけなのに、それが損するということはこの世の中どうなってんだ?という。

もしかするとこの時点からすでに色々考えるくせがついていたのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で言うのも変な感じがしますが、小学生、中学生、高校生の頃はかなり真面目な性格で、学校生活を楽しんでいるんだけれども、自分が思っていることと周りが良いとする価値観の違いに戸惑い、色々考え込んでいることが多かったです(もちろん仲が良い子もいるのですが少数でした)。

両親は私の息が詰まった様子に気づいてくれていましたが、高校生にもなって両親にべったりして周囲とは仲良くしないということはできない。

そんな時に手を差し伸べてくれたのが先人たちの思想だったのです。

初めて彼らの思想に触れた時、自然と涙がこぼれました(しかも授業中ですよ、いま考えたら相当自分悩んでたんですね...)。世界は自分の捉え方次第でこんなにも違って見えるということに感動して、これまで苦しんできた価値観から解放された気持ちになりました。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなこと考えても無駄じゃん!」と言われてもなお考えることをやめられなかった私にとっては、哲学は「もっと考えよ」と言ってくれる場で。

それまではぐちゃぐちゃと考え込みすぎてしまう自分が嫌いだったのですが、哲学の世界を知ってから考えることがさらに好きになりましたし、周囲の人との関わり方もわかってきました。

ですから、私の場合は両親よりは、周囲の同級生に対して「理解しあえない」と思うことが多かったのが哲学的なことを考えるようになったきっかけになったと思います。

 

 

 

 

 

こうして考えてみると、なぜ哲学に惹かれるかは人それぞれ違った過程を歩んでいるんですよね〜...興味深いです。もっといろんな人と深い話をしたい。

質問者さん、ご質問ありがとうございました。またご意見などあればよろしくお願い致します!