燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

期待されるということ

 

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のご質問は「人に期待されることについてどう考えているか」。質問者さんは、期待されるのは光栄だけれども、自分のやりたいことと相手の期待が一致していないことで生きづらさを感じているとのことでした。

この悩みについてはとても共感します。自分自身の意志よりも、周りが自分を動かしているのではないかと思うときもありますし、期待してくれているというありがたさとプレッシャーに縛られているという状態になることもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、私の場合、人から期待されるのは嫌いではありません。ありがたいことに私のことを買ってくれているということですし、自分はだめだと思っていても、人に「できるよ!期待してる!」と言われたらなんだかできる気がしてくるからです。期待されることは、期待に応えなければ、と自分を引き締める原動力にもなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、自分のやりたいと思っていること以外で期待されている状況はやはり苦しいです。本当はこんなことしたくないのに...と思いながら、相手の顔色をうかがう。相手の残念がる顔を見たくないし、期待されていた状態がなくなると相手に見捨てられるのではないかという恐怖がちらついて、どうしようもなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

実際、私もバイト先でこのことを経験しました。2年間働いて、中堅より少し上の立場になり、「これからは頑張ってこの店を引っ張って行くようになってよ〜」「これからは君らの時代だから」と言われていました。私はそうですね〜と返事しながらも、自分はこの店を引っ張っていきたいと思えるほどの強い意志はありませんでした。

そこでまず、その期待に応えられるように自分を変えることはできないかという試みをしてみました。店長に仕事の面で色々個人指導をしてもらったり、店の全体の動きを把握するための情報を得たり。これこそさらに相手の期待を高めることに繋がることをしていたわけですが、私の中で、

「相手の期待に応えたいと思って努力したけれども、やはり自分の意志とは合わなかった」ということを強く立証する何かが欲しかったんだと思います。

ただ嫌だと思うことと、やってみて嫌だったというのにはかなりの差があって、これは相手に自分の意志を伝える上でもかなり重要になってくることです。

 

 

 

 

 

 

 

 

その試みの結果、やはりこれは自分のやりたいことではないと強く意識したのです。そして、最終的にはそのバイトをやめたいと伝えるに至ったわけですが、

期待されて苦しい状態を抜け出すには、自分の意志をはっきりと伝える方法しかないと私は思います。「そんなこと私にはできないです」という逃げ腰ではなく、「私はこういうことがしたいんです」という明確な意志表示をする。今まで期待してくれていた相手に対して、期待を裏切るようなことをするわけですから、そこには責任がのしかかってきます。自分がやりたいことで、期待してくれていた相手を納得させるような結果を出すという責任です。

相手の期待を超えるような結果を出せば、相手もまた自分を認めてくれるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

これはバイトについての話でしたが、「期待」ということについて注意するべきだと思う点としては、相手の期待によって、自分が相手に利用されていないかということです。

状況にもよりますが、自分は自分ですし、自分のやりたいことをやればいいのではないでしょうか。

白い目で見てくる人については、自分がいろんな価値観を知るいい情報にはなりますが、その価値観が自分と合わないのだとすれば、それを全身で受け止める必要はないと思います。相手の期待に応えず、自分の意志を表示して相手に嫌われたのなら、その相手はその程度だったということです。本当に私に期待してくれている人は、「私がやりたいことを精一杯やって、結果を出す」ということに期待してくれているような気がします。

あとは、周囲からの期待が0になって不安な時は、まず自分で自分を期待すること。

人からの期待で動くよりも、自分自身の期待を原動力にしたらもっと自由に動くことができます。相手の期待もそうですが、自分自身の意志を裏切らないことも大切なのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

長々と書きましたが、質問者さんにうまく伝わっていれば幸いです。またこの文に対してご質問等あればまたよろしくお願いいたします!