燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

哲学ブーム

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

今書店に行けば人気本のコーナーに、わかりやすい哲学の解説書だったり、哲学者の言葉を集めた本などがたくさん置いてあります。また、元NMB48の須藤凜々花ちゃんが哲学好きを公言していたり、少し前から「哲学ブーム」という言葉が言われるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

もちろん哲学好きの私としては、いろんな人が興味持ってくれることに関してはとても嬉しいですし、共通の話題で話せる人が増えることはそれだけ楽しみが増えるということですから、いいことかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、引っかかるのは「ブーム」というこの単語。

 

 

 

 

 

 

 

いやいやいやちょっと待って。

まず、哲学に流行りとかないですから!!!

というのが私の意見です。

大体ブームで終わらせることができるなら、今だに古代ギリシャの思想についてずーっと考えている時点でおかしいでしょう。

もちろん、哲学研究の世界で、今この思想の勢いがすごいとか、そういった流れは常にあります。しかし、ここで使われている「ブーム」としての流れとは意味合いが全然違います。

 

 

 

 

 

 

学術研究における流れというのは、次の思想を引き出すエネルギーを持ったものです。つまり、その勢いのある流れに対抗して新たな思想が生まれるという、蓄積の連鎖が引き起こされます。

一方、いわゆる流行りというものは、一時的に出てきてまたすぐにしぼんでしまう。

次に何か新しいものを生み出すということが基本的にはありません。なので、この哲学ブームに乗って哲学の本を買い、読んでみたはいいものの周囲の関心が別のものに移り始めると、その本の存在すら忘れてしまう...ということになりかねないのです。

流行ってそういうものだと私は思っています。

流行しているものの価値はそれ自体にあるのではなく、「流行している」というところにあるのです。

 

 

 

 

 

 

メディアでも比較的「哲学」が取り上げられるようになってきて、多くの人が関心を寄せるようになることは素晴らしいことですが、流行が去っても、死ぬまで考え抜くことが哲学の本質です。なので、哲学っていうのは「流行」には向いていないコンテンツだと思います。

まあこうやって書いているけれども、みんなが哲学に夢中になると、おそらくこの社会が崩壊してしまいますから、みんなで哲学を愛そうぜ!と大きな声では言えない部分もあるのですが...