燦太郎の日記

思ったこと、感じたこと、考えていることを自由に書いています

電車内でのルール

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

毎日の通学で電車を利用していますが、車内広告や駅の構内アナウンスでよく車内のマナー、利用のルールについて言われますよね。

優先座席はお譲りください、体調が悪そうな方がいたらお声かけください、乗車中リュックは背負わず邪魔にならないようにしてください…など。

 

 

 

 

 

利用者同士の気遣いを心がけて、よりよい環境にしていきましょうというアナウンスは、一見よい活動のように思えますが、裏返してみれば、私達利用者が普段周囲に気遣いできていない結果です。車内ルールが守られていればいちいちアナウンスもされないはず。

 

 

 

 

 

車内が混んでいても、大きいリュックを背負ったままで自分の後ろに気づかず平然とゲームをしている人など(もう普通の光景になってしまいましたが)、自分周囲の邪魔になっていることを全く意識しない、他の人に言われないと気づかない人が増えているような気がします。

 

 

 

 

 

 

決められたルールがなく、秩序が保たれているのが人間にとって最高に質の高い状態だと私は考えています。だって自発的に周囲との関わりかたをわかっているわけです。

しかしそれは色んな人が共存する社会においてはなかなか難しいこと。なので、私はマナー、ルールを作ること自体に疑問をもっているのではありません。

 

 

 

 

 

 

「ルールを守ろう!」という呼び掛けがされているこの状況に対して、人間のレベルの低さを感じるのです。

呼び掛けはルールを知らない人に内容を伝える、知らせるという役割も担っているので、するべきではないまでは言いませんが、普段の呼び掛けは、知っているけど実行していない人に対してされていることが多いような気がします。

 

 

 

 

 

また、この呼び掛けに対して、「そのルール自体に納得できない」という気持ちがある上での抵抗は十分に理解できます。もっとこうするべきだという意志がそこにあるわけですから。けれども、ルールを口酸っぱく言われても聞かない人の多くが、そんな気持ちもなくただ無視しているのではないでしょうか。

対抗するということは、相手と同じレベルの強い気持ちをもっていないと成り立ちません。

 

 

 

 

 

長々と書いていますが、今回私が言いたいことは、ルールを守りましょうと言われなければならなくなってしまった今の私たちの現状についてもう一度考えてみる必要があるということです。こういうところにも人間の不完全さを感じますが、それを嘆くにとどまることは避けたいなぁ…。