燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

センター試験

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

 

先日2日に渡るセンター試験が終了しましたね。私の大学も試験会場になっていて、一部立ち入り禁止になったりしていました。

 

 

 

 

 

 

この時期になると、今だに試験前に緊張感とかが蘇ってくることがあります。

センター試験はすごく苦手でした。いかに効率よく、スピーディーに問題を解くかが試される試験なので、いつも焦って空回りしていることが多かったような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

特に数学なんかは全然成績上がらなかったです。もともと数学が苦手な上に、計算の速さまで求められたらもうお手上げでした。いや〜、懐かしい。

 

 

 

 

 

 

こうした決められた時間内に素早く答えをだすという試験形式が取られているということは、そうした頭の回転が速く、効率のよい人がこの社会を先頭で動かしていく優秀な人たちであるということです。そういう人たちが社会に求められているということなのかもしれません。

しかし、どうやら今後社会で求められる人材に変化が現れているようです。これから大学受験の形式が変わっていくという話を本で読みました。従来の暗記詰め込み効率重視よりもアイデアや深い思考能力が試される試験が導入されるのだとか。

 

 

 

 

 

 

こういった変化が起こると、天才的な頭脳の持ち主はともかく、天才的までとは行かずとも「賢い子」という評価基準もだんだん変わってくるのかなぁと思ってみたり。アイデアマンが社会に必要とされると、これまでは成績優秀とあまり言われなかった人たちが台頭してくることも十分に考えられますよね。

などなど色々考えてみると、試験での評価も一種の社会性を反映していると感じました。必要とされているところにきちんと向かえる人が優秀とみなされているという前提があることをしっかり理解しておく必要があると思います。優秀という評価は絶対的なものでなく、意外と流動的なものなのかもしれません。