燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

「自由研究」代行ビジネス

 

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

最近注目を集めている「自由研究」代行ビジネス。みなさんご存知ですか?

 

 

 

 

 

私は、先日教育学の授業で取り上げられて初めてその存在を知ったのですが、名前の通り、小学生や中学生の夏休みの宿題として課される自由研究を代行するサービスのことです。

1件の自由研究につき、1万5千円で業者が研究を引き受け、テーマや内容を保護者と事前に決めた上でスタッフが一つずつ手作りするんだとか。

 

 

 

 

 

 

 

なぜこのビジネスが売上をどんどん上げてきているのかというと、中学受験を控えた小学校の高学年の親からの注文や、親が共働きで子供の研究を手伝うことができない、またはそもそも何をすればいいのかわからないという子供を持つ親からの依頼が多いようです。

 

 

 

 

 

 

これについては様々な意見があると思いますが、私はこのサービス、そしてそのサービス以上にそれを購入する親の考え方に反対です。

もちろん、仕事に忙しくて子供の宿題を見てあげる時間が取れないという状況はあると思いますし、受験勉強が忙しいという話も十分理解できます。

しかし、自由研究は子供の想像力や興味関心を広げることができる絶好の機会だと思うんです。

 

 

 

 

 

 

私は、初めから想像力や好奇心が乏しい子供はほぼいないと思っていて、それを潰してしまうのは周りの大人の責任だと思っています。

この「自由研究」代行ビジネスについての新聞記事があって、そこには、

「息子のやりたかった研究のテーマを、親の都合で一日で終わる別のテーマに変えさせてしまった」という内容のことが書かれていました。

この時、子供はどう思うでしょうか。こうしたせっかくの好奇心の芽が摘まれてしまうということが続いて起こると、好奇心を持つこと自体が親に迷惑をかけるよくないことだと思ってしまう子もいると思います。

 

 

 

 

 

 

私自身の場合は、おそらく他の家庭と比べたら自由な環境で育ちました。何かやってみたいということを親に告げたら、いつも応援してくれましたし、いろんな面でサポートしてくれました。なので自由研究も、親の手を借りてではありますが、基本のところは自分でやっていました。

具体的な例を出すのは難しいですが、そうした経験が今の私を作り上げている重要な要素になっていると感じる時があります。

 

 

 

 

 

 

少し話を戻しますが、子供が自由研究に困っている時、何に関心を持てばいいのかがわからないのではなく、自分の関心をどうやって形にすればいいかわからないというのが大半ではないでしょうか。ふと興味を持ったことがあっても、それを自由研究にどうつなげていけばいいかわからないという子に対して、それをサポートするのが親の役割の一つだと思うのです。親はその時点で一度子供のために考えてあげて、それが現実的に難しいと思ったなら、ちゃんと子供に理由を説明するなりして、子供の興味を見て見ぬ振りするのではなく何か別のアプローチを提案してあげる。自分のために考えてくれている親の姿を見るだけで、子供は自分の興味を応援してくれていると感じることができます(自分が子供の時実際そう思いました)。

 

 

 

 

 

 

結局、この代行サービスは子供ではなく、親が楽できるサービスなんですよね。

 

 

 

 

 

また、受験勉強が忙しいとの話もありましたが、本当に頭がいい子は勉強だけに固執していません。私の友人でも、小学校の頃に、理科が好きで自分でいろんな研究をしていた子がいるのですが、今では日本屈指の難関大学に通っています。やはり、小さい頃から自分の好奇心を広げていくことって大切だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

子供の好奇心を育てられる貴重な時間を無駄だと考え、本人以外の人が作った嘘の作品をお金で買うって、これ子供の目にはどう映るんでしょうか...

そこに罪悪感を感じていないのはかなり危ない状態ですよね。

 

 

 

 

 

 

 

ここまで読んで気づいた方もいると思いますが、この問題に関しては、そもそも自由研究が必要なのか、やりたい人だけがやったらいいと言った、宿題としての制度の問題も関わってきます。

そこで、明日はこの続きとして、制度としての自由研究について少し考えてみたいと思います。

最後まで読んでくださりありがとうございます!