燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

勝ち負けの世の中

 

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

 

今日はちょっと言葉の強いことを書こうと思うので、ご注意くださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

タイトル通り、この世の中は勝ち負けの世界だと思うのです。これは生物界に起こる、優性が生き残っていくというサバイバルが我々人間の社会においても(ある意味では)形を変えて残っているということです。勝ち負けが全てじゃないということはよく聞きますし、それも考え方の一つとしてありますが、この社会を見ている限りではそれは綺麗事にすぎないような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

自分が小さいころからもこのことを薄々感じていたのかもしれませんが、本格的な社会進出の時が近づくにつれ、強く意識するようになりました。

もちろん、わかりやすい形での勝負である受験や、就活を考えるとわかりやすいですね。これは合格か不合格かという、結果として優劣が出やすいもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少し大きい範囲で勝ち負けを捉えてみるとどうでしょうか。例えば私の好きなジャズという音楽についても、プレイヤー同士のバトルが繰り広げられることがよくあります。その場合の勝ち負けというのは、相手を蹴落とすということではなく、いかに自分を高めていけるかというバトルです。相手に触発され、自分も力の限り最高のものを目指していくというそのとてつもないエネルギーに、心揺さぶられるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

これはこの世の中のどんなことにも当てはまると思います。今私がこうやって記事を書いている間にも、何かのビジネスを成功させている大学生や、素晴らしい結果を残している同世代のスポーツ選手などがこの世界にはいるわけです。

私は経営に精通しているわけでも、運動神経がいいわけでもありませんが、同じくらいの気概を持って私にできることを武器に、この世の中を戦い抜かなくてはいけません(中にはかなりマイペースで、勝負をせずとも進んでいける人もいますが、残念ながら私はそういう星の元には生まれませんでした)。

 

 

 

 

 

 

私の気のせいかもしれませんが、子供の頃は勝ち負けという現実を大人から必死に隠されていたように思います。みんなで手を取り合って、みんなで一緒に歩いて行こう!みたいな。でもそれって理想としては成立するかもしれませんが、全然現実的ではありません(社会主義の失敗はこの話に繋がると思っています)。

 

 

 

 

 

 

 

「出る杭は打たれる」と言いますが、この社会ではむしろ出ないと勝てません。他者との協調の際に、お互いの力を低くめて手を取り合うという構図、つまり出ないようにする釘同士の関係に浸ってしまうのは、自分をダメにしてしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

今私はこの記事を書きながら自分に言い聞かせています。周りに流されることなく(他者との協調を拒むということでは全くありません)、意志を強く持って勝負に挑んでいきたいと思います。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!