燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

小さい子のスマホ

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

私の働いている飲食店では、小さい子を連れたファミリーのお客さんも多いのですが、そこでよく目にする光景は、小さい子のスマホです。

 

 

 

 

これについてはテレビの番組でも特集されていて、子供にスマホを持たせて、ゲームや動画でおとなしくしてもらうという手法らしいです。もちろん子育ては大変だということもわかります。私自身、子育てを経験したことがないので偉そうに言える立場ではないのですが、その手法にはあまり好感が持てません。

 

 

 

 

スマホで動画を見ている子供にご飯を食べさせているお母さん。子供は動画をじっと見つめながら、口にご飯が運ばれるのを待っています。この状況を見るとどうも心配にななるのです。

それで子供はちゃんとご飯を味わうことができているのでしょうか。食事の目的がただ食べるだけになってしまっているのでは?

感受性の豊かなときに、いろんな味や匂いを覚えたりすることが大切で、特に普段家で食べているものと違うものを口にするのはとても刺激的な経験のはずです。動画に夢中になっていることで、その刺激も半減されてしまうような気がします。

 

 

 

 

 

また、食事の場はコミニュケーションの場でもあります。親から子に食べ物を食べさせるのも立派なコミュニケーションですし、同じものを食べているという共感、美味しいという共感も食事にとって重要なもの。スマホに集中していると、そのコミュニケーションも難しくなりますし、少し大げさかもしれませんが、その子にとって食事が単なる「栄養をとる手段」に終わってしまうことがとても怖いと感じます。

 

 

 

 

 

確かに、飲食店などで子供が騒ぐと周りに迷惑がかかるという理由も十分わかるのですが、スマホで落ち着かせるという手段は、言ってしまえば「臭いものにふたをしている」状況です。もしその場でスマホが壊れたらどうするのでしょうか?

やはり、大切なのは人間 対 人間です。もし私が子育てをするようになったら、しっかり子供と向き合ってコミュニケーションをとりたいです。これはかなり大変なことですが、なるべく道具に頼らずに、人間同士の場を大切にしたいと思っています。