燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

「永遠に一歳」

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

以前通っていた塾に、すごく人間として面白くて、大尊敬している先生がいました。

その先生は哲学の博士号を持っている方で、世間一般から見たら、かなり変わっている人。でも、ものすごく頭がよくて、自分の考えをしっかり持っていて、本当に素晴らしい方でした。

 

 

 

 

その先生が話してくれたことで印象深かったものの一つが今日のタイトル。

先生は自分を「永遠に一歳」だというのです。これは、メイド喫茶の店員の「永遠の17歳」とはまた全然違ったものです。

 

 

 

 

 

先生の言い分は、たかが365日という区切りで自分を縛りたくないというものです。

仮に自分の誕生日が訪れたとて、自身に何か劇的な変化が起こるわけでもなく、ただ周りの反応が変わっていくだけですよね。

先生は、「僕は誕生日が来たからと言って新しい自分になるわけではなく、僕は何の切れ目もなくずっと続いている存在だから、一年ごとで自分に区切りをつけるのはおかしい」というのです。

 

 

 

 

 

 

確かに、暦は人間が作り出した道具にすぎないですし、それを絶対的な基準に置く社会の反応に振り回される自分もバカらしく思えてきます。

二十歳だからこうしなさい、三十手前にもなってこんなことをしていては恥ずかしいといった年齢による常識って大抵私たちを縛り付けてきます。

 

 

 

 

 

 

 

「僕は何歳ですか?って聞かれたら、『一歳です!』って答えるけどね」という先生の考えに、当時は目から鱗でした。

でも歳を重ねていくと、年齢によって社会が動いてることも多くあることを知って、それに息苦しさを感じている人もいます。もちろん暦はとても重要なものだし、その存在を全否定しようとは全く思わないですが、年齢、暦が全てじゃないと考えることができれば、何だか心が軽くなったような気持ちに(私は)なりました。

 

 

 

 

 

 

生まれた時から当たり前だと思っていたことについて疑うということは、自分自身の考え方にもダイレクトに結びつく重要な要素なんですね〜。もっと勉強しよう。