燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

「頑張る」とは

 

 

 どうも。燦太郎です。

 

 

今日は私が今生きていく上で課題にしていることを、自分に対する戒めとして書き記したいと思います。

 

 

 

私は幼い頃から真面目な人間でした。学校の授業もちゃんと聞き、部活動も熱心に取り組みました。学校という場所は、まさに真面目できちんとした人が評価される場だったので、私はなんの苦労もなく学校生活を送っていました。

 

 

 

しかし、学校という狭い枠組みから離れるとそう簡単には行かなくなりました。広い社会では、評価の対象はいかに結果を残したかということになります。何事も真面目に取り組むことしかしてこなかった私はどうしていいかわからなくなりました。私のようなタイプは、すべてのことをとにかく全力で頑張ろうとしてしまいます。心のどこかに「私は頑張っているからきっと大丈夫だ」という安心感を得ようとするのです。

 

 

 

けれど、世の中で評価されるのは、どれだけ頑張ったかではなく、何をどう頑張ったかということに気がつきました。頑張ることを頑張っても意味がないのです。自分が今何をどんな風に頑張っていくのかをしっかり考えた上で、努力をしていく必要があります。

 

 

 

例えば私が努力についやせるエネルギーが10あるとして、勉学とアルバイトというやるべきことが二つあるとしましょう。この場合、

 

勉学:アルバイト=5:5  

 

よりも

 

勉学:アルバイト=7:3

の方が、勉学として一つの結果を出すことにつながりやすくなります。

 

 

 

こうしたパワー配分をするといったような「見極め」がうまくできる人ほど成功しているように思います。「努力は必ず報われる」なんて嘘だと思っている方もいるでしょうが、そう思う方はおそらく努力の仕方や、努力するポイントが間違っているのだと思います。「見極め」に成功した努力は報われると私は考えています。何をどう頑張るかについては、一生をかけて模索していくしかありません。直感ですぐそれがわかる人のことを「要領がいい人」と呼ぶのです。残念ながら私は要領があまりよろしくない人間ですので、試行錯誤やってみているところです。

 

 

 

 

自分の求める結果から逆算し、今の状況で何をどう頑張るべきかを常に考えることができるようになる。自分で自分に言い聞かせるために長々と書いてしまいました。お付き合いいただきありがとうございました。