燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

実年齢と気持ち年齢

 

 

  どうも。燦太郎です。

 

いろんな人と話していく中で、この人実際の年齢よりも〇〇だ、と感じることがあると思います。まだ若いのにもうすでにおばさんっぽい人や、逆に若くて生き生きしているおじいさん、たまにいますよね。

 

 

同じ年数を生きているのに、なぜこんなにも若々しさに違いが出るのだろうとずっと考えていました。その結果、「気持ち年齢」が違うのではないかという答えが見えてきました。

 

 

「気持ち年齢」というのは「精神年齢」とは別だと私は考えています。「気持ち年齢」は    実年齢にかかわらず、自分は何歳だという気持ちを持っているかということです。極端な例ではありますが、身体的には80歳でも、自分の意識次第で20歳の「気持ち年齢」を持つことができます。心の働きとしては自身の年齢を考えているので、かなり能動的です。一方「精神年齢」はこれまでの経験や思索によって自然と身についていくものです。いくら自分の意識だけを変えてみたところで、すぐに「精神年齢」を上げ下げできないと思います。こういった点から、前者に比べて受動的な働きということができます(これらはあくまで私の持論ですので、違う考え方ももちろんあると思います)。

 

 

 

若々しく見える人は、この「気持ち年齢」が実際の年齢に比べて若いのです。年齢を感じさせないおじいさん・おばあさんはおそらく、自分はもう年だから...ということをあまり意識していないように思います。つまり、実年齢で自分の行動を決めつけていないということです。体力的な衰えは回避できないものの、実年齢が若い頃と同じようにいろいろなことに挑戦できる人はとても素敵だと思います。

 

 

 

こうした考えに対して、「年相応に行動するのが良い」という意見も出てきそうですが、この「年相応」こそ「精神年齢」に関わることです。「気持ち年齢」が若くても「精神年齢」が高い人もいますし、逆も然りです。「精神年齢」は外見だけではわかりにくいので見極めが難しいですが、単に「気持ち年齢」の部分だけをみて、落ち着きが足りないなどというのは若々しい気持ちに対する僻みだと私は思います。

 

 

 

気持ちを若く保つのは簡単ではありませんが、自分で自分の可能性を決めつけないことが大切なのではないでしょうか。実年齢にとらわれることなく人生楽しみたいですよね。

 

 

長くなりましたが、最後まで読んでくださりありがとうございます!