燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

ジェンダー問題について考える

 

 

 どうも。燦太郎です。

最近「ジェンダー問題」の話をよく耳にします。「男はこうあるべき」「女は女らしく」といった、ジェンダーバイアス(=社会的・文化的な性に対する偏見)によって生じる問題について、様々な議論がなされています。今回は「ジェンダー問題」に関する私の意見を書いていこうと思います。

 

私たちは、気づかないうちにジェンダーバイアスを社会から擦り込まれています。

それは小さい頃から「女の子らしくしなさい」と言われたり、「男のくせにすぐ泣くな

」と注意されたり。読んでいた本に描かれていた少年は青っぽい色の服装で、一方少女は明るい色のスカートを履いていたり。そういった社会的な偏見によって苦しんでいる人がいます。周囲の反応から、本来自分のやりたいことができないという問題が数多くあるのです。

 

ではこの問題を解決していくためにはどうしたらいいのでしょうか。最近になって、学校教育で男女ともに家庭科の授業を受けるようになったりしています。これは男女ともに料理や裁縫を学び、それらに興味を持つ機会を平等に与えているという点で、とてもいいことです。しかし、こういった男女平等の教育が進んでいく中で、逆に学生が「男らしさ」「女らしさ」という言葉に悪い印象を抱いてしまうのはよくないと私は考えています。

 

男性と女性にはどう考えてもいくつかの違いがあります。それを完全に同じとみなすにはやはり無理があると思います。男女はそれぞれ違いがあるが故、それぞれにあった多様なファッションや職業が生まれたのではないでしょうか。「女らしく」に苦しめられている人がいる反面、「女らしく」を受け入れ、自分の性を楽しんでいる人も大勢いるのです。このことから、私は「男らしさ」「女らしさ」という考え方自体には肯定的な立場をとっています。

 

ジェンダー問題の根本は、「少数排斥主義」にあるのです。社会にいる大勢とは違うことをする者を、なんらかの形で排除しようとする動きは日本では特に顕著だと感じます。確かに集団を維持していく上で、自分たちとは違う考えを排除しなければ団結がゆるくなる危険性があるという考えも十分にわかるのですが、現代の社会においては多様性を受け入れることが求められているのではないでしょうか。

男の子がフリフリのワンピースを着ている姿を見て「うわっ、この人変だ」と思う人がいるのは、そのワンピースが女の子っぽい服装だからというのではなく、男性で女性らしい服装をしている人が少ないからです。自分は小数派だということに不安を覚えるのは、少数という理由で仲間はずれにされてしまうから。その結果、どんどん大多数に飲み込まれてしまいます。私は、この風潮を根本的に見直す必要があると思います。

 

男女という性の様々なあり方を尊重し、受け入れていくことが「ジェンダー問題」を解決する重要な鍵になると思います。その男女の性のあり方について、お互いの性が持つ独自の良さや特徴を見ないふりするのはなんだか違う気がします。

小学校で使われる教科書に載っている男の子と女の子が、同じような色の服を着て、同じようなポーズや喋り方をしているといったような表面的な男女平等ではなく、「男らしさ」「女らしさ」を尊重し、周囲の目を気にせずとも、堂々とどちらがどちらを選んでもいい社会であるべきだと私は考えています。

 

かなり長文になってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました!