燦太郎の日記

思ったこと、感じたこと、考えていることを自由に書いています

変革について

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

皆さんは変革とか、変化についてどういう印象を受けるのでしょうか。

これまで生きてきた中での私のイメージなのですが、変革については肯定派と否定派(ここでは慎重派ということにします)に結構はっきりと分かれる気がします。

 

 

 

私はもちろん肯定派でございまして、変わるの大好き、変革万歳!タイプです。

なんらかの組織の決まりごとをもう一度見直して、より良いものに変えてみたりとか、自分の部屋の模様替えも頻繁にするし、もちろん自分自身が変わることにも…

 

 

 

 

「人ってそんな簡単に変わらないよ」ってよく言いますけど、私は以外とすぐに変えられるんじゃないかと思う面もあります。

自分の至らない点があったら、ぐっとだらしない自分をこらえて、こらえて、こらえることができれば本当は変われると思います。

変われないというのは、「変わりたくない、変わる気がない」場合なのではないかしら。

 

 

 

 

私は自分の変化を俯瞰してみて、

「おー、私変わったなぁ〜!変われた変われた!」とか思って嬉しくなってニヤニヤするタイプなので、変化に対する考えはちょっとアブノーマルかもしれませんが…

 

 

 

 

こんな感じで変化好きマンがいる一方で、変化にかなり慎重な方も結構多いですよね。

そういう方と自分との一番の違いを感じる点は、「続いている」ということに対する価値観。

私は、もし伝統的に続いていることがあっても、今の私達に合っていないものであればそれは価値がないと考えます。

伝統を守ることの理由が「伝統だから」というのはよくわかるのですが、やはり少し疑問がありますね…すごく表面的な捉え方に思えるときもあります。

 

 

 

だからといって、歴史的建造物とか伝統工芸品が意味ない!ということではないです。それは伝統という価値よりも、現代に光る価値があるものばかりですから。

これからも守っていきたい、という私達の意思があれば、伝統は十分守るに値するものですし、逆に義務的に「守らなければいけない」ということになると、ちょっと待って?となるのが私の考え方です。

 

 

話を戻しますが、

政党でもなんでもそうですが、革新VS保守という構図って私達人間にインプットされているんだなと思います。

 

 

 

変化ばかりしていっても社会やそれこそ人間という種が存続できなくなってしまうし、

逆にうまくいかなくなったときには変革が必要で。

革新派と慎重派については、得意、不得意な分野があるように、

もうDNAレベルで違いがある気がする。

 

 

 

 

それを一般的には「性格」と言うのでしょうけれど、そのバランスたるや凄いと思いませんか?色々な性格の人がいるっていうけど、なんで革新派の人ばかりではなく、慎重派ばかりでも無いのか…

 

 

私達革新派は、慎重派の人たちにうまくブレーキをかけてもらっているし、

慎重派の人ではうまくできないことを革新派の人がやることがあるのも事実。持ちつ持たれつです。

本当に、この世界はよくできているなぁ…という話でした。

Herbie hancock 「Sunlight」

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

Snarky Puppy の大阪公演後、ちょこちょこと暇を見つけては彼らについて調べているのですが、The Jazz New Chapterでのインタビューで、マイケル・リーグ、コーリー・ヘンリー

、ビル・ローレンスが揃って口にしていたのがハービー・ハンコクックから受けた影響。

 

 

 

ハービーはたくさんアルバムを出しているので私も一部しか聴いたことがなく、

彼らがハービーから受けた影響が一体どんなものなのかはっきりとイメージがわかずにいました。

 

 

 

そこで、インタビュー紙面に乗っていた「Sunlight」というアルバムを聴いてみますと

なんと驚き!スナーキー・パピーの現代のサウンドに通ずるものがめちゃくちゃあるじゃないですか!!!

今日初めて聴いて、もうめっちゃ興奮しました。

 

 

       

 

 

 

このアルバムは1978年の作品なんですけど、

ハービーがVocodaを使いこなしてて、めちゃエモです。30年以上も前にこんなサウンドを作り出していたなんて…

 

 

 

現代と違うのはドラムのリズムです。

音楽の時代はドラムが打ち出すリズムとともに変化していくという話を聞いたことがありますが、まさにその通り。

「Sunlight」はやはりその年代のR&Bやソウル、ダンスミュージックよりのリズムですが、

スナーキー・パピーはHip-Hopでより後ろノリな気がします。

 

 

 

思想でもなんでもそうですが、

変遷していくものは必ずその前にあったものの影響を受けていて、それをずっと連鎖的に遡ることができます。

遡っていくと、以外な繋がりを発見できたりするので本当に楽しいですよね。

最近はそういう繋がり探しが生き甲斐の一つでもあります…

自己顕示欲、なんで?

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

なぜ私たちには、自己顕示欲というものがあるのでしょうか。

ラインのプロフィールの1言やTwitterで「もうしんどすぎ!無理だよ〜😢」というアピールをしたり、逆に「友人と遊んでめっちゃ楽しかった!」など前向きな発言に対してもそうですが、

そんなん言わんでええやん!みたいなことでも人はすぐに言いたくなっちゃう性分ですよね。

 

 

 

 

私は特に自己顕示欲が強いほうだと思うので、

昨日あったライブがすごく良かったこととか、今の聴いているケンドリック・スコット・オラクルの新譜の曲名に謎の記号がたくさん使われているのでApple musicがバグったと勘違いしたとか、すーぐに誰かに話したくなってしまいます。

 

 

 

 

その発信が何らかの目的がある場合はわかりますが、話したからといってなんてことないことでもうずうずしてくるこの感じ、一体私は何を求めているんだろう。

発信することによって、自分自身にどういういい効果が得られるのだろう。

最近よく考えてしまいます。

 

 

 

一つは、自分の考えていることとかを整理するのに発信するということは一役買っているとおもうのですが、

このアルバムが良かった!とかいう感情は整理するもなにも…って感じですよね。

 

 

 

そうだとしたら、

自分はこんなことしてるんだぞ!どうだ〜!

すごいだろ〜!

というアピールなのか?

たまに「俺はこれだけジャズを聴いてきているんだ!」という謎の優越感に満ちたおじさんとかはいるので、一概には言えませんが、

でも、面白い映画みて、すごいだろ〜!って自慢したくなるかと言われたらならないでしょう。

 

 

 

行き着く先は、やはり「共感」なのかなと思います。聞かれたわけでもないのに、今日あった面白い話をしたくなるというのは、この気持ちを誰かと共有したいということの表れです。

しんどいことを誰かに話すことで楽になったりするのも、共有してもらうことで気持ちの重さが軽くなるからでしょう。

 

 

 

でもなぜ共感、共有したらとても気持ちが軽くなるのでしょうか。

1キロの荷物を2人で持ったら500グラムずつになるのと同じで、私達が抱く気持ちにも、計量できないなんらかの質量があるような気がしてきます。

 

 

 

 

おそらく同じような説がもう出ているでしょうが、これが証明されたとしたらすごいことですよね。

そのうち心理学分野とかで実現されそうですが…

DTM楽しすぎる問題

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

最近少しずつではありますが、本格的に作曲をし始めました。

以前はなんらかのフレーズだったり、ベースラインとかのアイデアがある程度でしたが、先日ついにMIDI鍵盤を手に入れたので、DTMで曲を形にしています。

 

 

 

 

いやー、この装置↓だけで1日中遊べちゃうんです。本当に楽しい。

 

 

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私が使っているパソコン用のソフトは「Studio one4」というソフトで、有料版もあるのですがDTM初心者の私はまだ無料版を使っています。

そのうち有料ソフト買う未来が眼前をちらついていますが、無料でもできることがたくさんあるのでとりあえず今はまだフリーソフトで...

「Studio one4」のいいところは、トラック数を多く選べるところ。

他のソフトの無料版だと、トラック数が決められていて、重ねることができる楽器の数に限りがあるものが多いのですが、このソフトはたくさん重ねることができます。

楽器の音質はそこまで良くありませんが、選べる音もそれなりにあるので楽しむ分には十分です。

はじめのうちは操作方法が全然わからなかったのですが、慣れてくればかなりスムーズに操作できるようになりました。

 

 

 

 

そして使っているMIDI鍵盤はKORGの「nanoKEY2」。超軽量で価格もお手頃だったので、まずはお試しという気持ちで購入したのですが、とても使いやすいです。

鍵盤のところがプラスチックでかちゃかちゃいう感じなので、普段の鍵盤のタッチを求める人にはオススメしませんが、反応は悪くないので和音も押せますし、オクターブの調節もできるので気軽にDTMを楽しめます。

 

 

 

 

これ本当になにが楽しいって、自分が普段演奏できないけど頭の中にあるイメージの音を自分の手で再現できるっていうのがめちゃめちゃ高まります。

ベースだったりサックスだったり、普通では入手困難な楽器の音だって鳴らせちゃう。

もちろん楽器は生音が好きなんですけれど、それでも音楽好きからしたら夢のような装置です。

同時に、昔のクラシックの作曲家とか頭の中にめちゃくちゃトラックがあって、それを手書きで形にしていたと考えると相当すごいということにも気づきます。

 

 

 

 

 

あと、作曲していると、自分が好きなコード進行とか音使いがすごく明瞭になって、自分の中に入り込んでいる音楽がどんなものかがわかったりもします。

あ、またこの音列使ってるわ...とか、今浮かんだこのメロディ、すごく昔に聴いていたJpopっぽいなーとか。今はジャズをよく聴いていますが、まだ聴いている歴が浅いので、いまだに吹奏楽でよく使われるような音列の方がパッと先に頭に浮かんだりもします。

 

 

 

 

 

でももし、これからもっといろんな音楽を聴いていったら、自分の中にいろんなジャンルの音楽が染み込んで、それが新しい曲になっていつか浮かんでくるんじゃないかと思うと、音楽聴くのも倍楽しくなります。

なので、作曲を意識してからは、単に好きで曲を聴くだけでなく、参考になりそうなものなども色々聴くようになって、何より聴くときに自分の細胞に覚えこませるようなイメージで(どんなイメージやねん)聴いています。

 

 

 

 

 

本当にまだまだ作曲初心者ですが、いつか自分の書いた曲を人前で演奏できたらな〜というのが今の目標です。今はたくさん曲を書いて、ストックを増やしていきたいです。

Snarky puppy@梅田クアトロ!

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

行ってきました!Snarky Puppy大阪公演!!

めちゃ素晴らしかったです…!

ほんとに私今日まで生きてて良かった…!

 

 

 

 

私が梅田クアトロに訪れるのは実は2回目で(1回目は黒田卓也さんのライブ)、その時のステージの大きさをぼんやり覚えていたので、

本当にあのステージに乗りきるのか…?と懸念していました。

なんせ人数9人に加えて、あの機材の多さですから。

 

 

 

 

実際のステージはやはりぎゅうぎゅうで、キーボードやスタンド類でビッチリ埋まっていました。でもそれもまた画になってかっこよかったのです。

 

 

 

私は本当にSnarky puppyの音楽が好みのどストライクなので、前日からニヤニヤしてこの時を待ち望んでいました。

彼らがステージに現れた時、すごく心に来るものがありました。いつも私の気を奮い立たせてくれる素晴らしい音楽を作り上げてくれた人達が目の前にいると思うと、何だか感慨深くなってしまって…

 

 

 

 

彼らのサウンドがライブではどう聴こえるのかな〜と色々想像していましたが、想像以上に音が良くて、それぞれのパフォーマンスも最強で、全体のバランスも素晴らしかったです。

いい意味で、CDとはまた違った印象をうけました。各人のインプロもかなり多めで、マイケル・リーグが状況を判断し、声を出してその場で全体を仕切っている様子に、ライブならではの臨場感がありました。彼の人も音楽もまとめ上げる力はすごい…!

 

 

 

 

このバンドの面白いところは、一人一人かなり違ったキャラクターを持ちながらも、強烈なグルーヴ感でぐっと1つにまとまっているところだと思うのです。

それぞれがしっかり自分の色を出しながらも、キメるところはバッチバチ。それこそ本当にプロフェッショナル、一流だなって思いました。

 

 

 

 

クアトロはそこまで大きくないハコなので、ステージのアーティストの表情や細かい動きもしっかり見えるのがいいです。

めっちゃノリノリで踊り、雰囲気を盛り上げるショーン・マーティン。

ボビー・スパークスは一見クールな姿勢でしたが、ソロはかなりパワフル。ブラックな後ろノリビートを自由に操っていましたが、彼はクリフォード・ブラウンのTシャツを着ていて、ジャズに対する熱いものを感じました。

 

 

 

 

ジャスティン・スタントンとマズ・マッハーのトランペットも一本のように聴こえるくらい息ぴったりでしたが、それぞれのソロを聴くと音が全然違って、それもまた面白かったですね〜。

 

 

 

 

Snarky puppyは、ジャズファン以外にも支持があるので、客層は普段のジャズのライブよりも若い人が多く見られました。

でもやっぱりジャズだな〜って思うのは、曲の盛り上がりをインプロで持っていくという点だと思います。

最強のメンバーによる、究極のセッションっていうイメージがやはり強いです。

一曲の中で何段階か構成があるのですが、その段階を上げていくのに個人のソロを取り入れています。そうした個人の音楽性の力量を存分に使っていく感じがなかなかジャズい!

 

 

 

 

もう本当〜に楽しかったですし、また音楽に対する気持ちも高まりました。最高でした!!

 

 

 

1日1アルバム

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

病みから脱皮をしてから、ますます音楽が楽しくなってきました。

以前からもちょこちょこはやっていたのですが、最近また「1日1アルバム」な毎日が続いています。

 

 

 

 

Apple Musicを使って、1日に最低1枚はこれまで聴いたことがないアルバムを聴いています。

ジャズを始めたての頃は、もうそれこそスウィングばかり聴いていましたが、現在はいろんなジャンルの音楽を聴くのが前にも増して楽しい!

 

 

 

Funk、R&B、Popsなどなど、どんなジャンルを聴いても必ず発見とか驚きがあるので、毎日とても刺激的です。

近頃、MIDI鍵盤を買って少しずつ作曲もし始めたので、曲を作るっていう視点のおかげもあるかもしれません。

 

 

 

私たちのようなストリーミング世代(といっても日本はまだまだ普及していませんが)は、昭和の人たちからしたら音楽に対して「浅く」見えるかもしれません。

確かに、わざわざCDショップに足を運んで、お金をつぎ込んでお気に入りのアルバムを何十回も聴きこんでいた昔の音楽好きの方の熱量にはとても強いものを感じます。

それに比べたら私たちはより簡単に音楽にアクセスできるようになっているし、その時の気分によって音楽を自由に選んで聴くことができる。

 

 

 

でも、そうした環境が違っても私たちが音楽に対して抱いている思いが、昭和の音楽好きの方に劣っているかと言われれば決してそんなことはないと思います。

いろんな国のいろんな音楽に触れ合えるということは本当にすごいことで、実際に若手のミュージシャン(もちろん大御所もいますが)は様々な要素を自分たちの音楽に取り入れています。

これからは、そうしたボーダーレスで、アクセス自由な音楽についてどう向き合っていくか、そしてそれをどう活用していけるか、それについて何を発信していくかが新しい音楽史を作っていくんだと思います。

 

 

 

 

この間、長年ジャズのファン(であろう)おじさまから、

「君たちのような若い人がジャズを聴いて、(ジャズのことを)いいと思うの?良さがわかる?」ということを聞かれました。おじさまはジャズの勢いが昔に比べて弱くなっていることを懸念してそのようなことをおっしゃったのだと思いますが、そうした音楽の世代的な風潮の在り方みたいなものも、もしかしたら今後変わってくるのかもしれません。

音楽を聴くのがラジオだけだった時代と、ストリーミングで音楽をどんどん探せる時代はかなりの違いがあるように思います。今の時代は、垂れ流しの情報や音楽をどういう風に能動的に掴んでいくか、現代のものだけでなく、本当にいいと思うものを自ら進んで知っていくかということが重要になってくるのでしょうね。

 

 

お客様は神様じゃない気がしてきた

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 バイトをしていたらいろんなお客様トラブルエピソードを耳にします。

飲食で働いていた時の先輩は、客席に料理を運んで行った時、「お前が運んできたら料理が不味くなる」と言われたことがあったり、

書店でも、レジで「接客の態度が気に入らない」と言ってだんだん怒りがエスカレートしてくるお客さんがいたり。

 

 

 

 

そうした理不尽なことがあっても、店員がまず一言目に口にする言葉は決まって

「大変申し訳ありませんでした」

 

です。

でも働いている時、時折ふと思うのです。

「こんなにへりくだる必要ある????」と。

 

 

 

まあもちろんこちらが完璧な対応であればトラブルも起きなかったかもしれないので、店側は全く反省しなくて良いとかそういうことではないのですが、なんとなく腑に落ちないときがあります。

この時点で、

お前は社会をわかってなさすぎる!失格!!!

と言われちゃったらおしまいなのですが、いやいやちょっと待って。

もう少し原理的なものに立ち返ってこのことについて考えてみたいのです。

 

 

 

書店でも飲食でも、接客をしていると何かしらの違和感みたいなものをすごく感じることがあります。まあそれは大抵、偉そうなお客さんの態度、そしてその態度の裏に「金払ってやってんだからよぉ!」という雰囲気を醸し出してくることによってなのですが。

というのも、逆に私がお客としてお店というものを見た時、基本的には

こんなに品揃えてくれてありがとうございます!

美味しい料理出してくれてありがとう、お腹いっぱい幸せです!

っていう視点なんですよね。

 

 

 

本だって、書店があるおかげで手に入りやすくなっているのだし、お店だけでなく、家を建ててくれる大工さんを見ても、この人たちのおかげで建物利用できるんだよなーと思ったり、とにかくサービスって私たちが簡単にはできないことを代行してくれるということで。

 

 

 

 少し話は飛びますが、

テレビ番組で芸能人が海外ロケに行き、たまにヨーロッパのマーケットで買い物するコーナーなんかがあると思うのですが、結構無愛想な(テレビ慣れしていないのかも)おばちゃんがチーズ売ってたりしませんか?

私は当然日本の接客に慣れているので、このおばちゃんの態度を初めて見た時は、めちゃくちゃ愛想悪いな〜...と感じました。もちろん海外の販売員で愛想いい人もたくさんいますが、日本は接客が海外に比べて丁寧という話も聞いたことがあるので、もしかしたらこういうおばちゃんは日本に比べて割合的には多いのかもしれません。

 

 

 

でも後々考えてみると、このおばちゃんの態度は、言い方が変かもしれませんが、合理的というか、無駄がなくスッキリしているのではないかと思い始めました。

というのも、そもそもお店の第一の役割というのは、買い手に商品を提供するということです。当たり前のことですが、買い手が求めているものを仕入れて、購入可能な場で販売することが大きな役割の一つです。

ですから、モノを仕入れて、店を構え、買い手を待つ。

買い手が現れたら、商品を提供する。

という根本はとてもシンプルな構造だと思うんです。

 

 

 

この段階では、店側と買い手の間に優劣というか、上下関係というか、それこそお客さんを神様としてみなすなどといった偏見もないですよね。買い手がいなければ店が成り立ちませんが、店がなければそもそも買えないわけですから、持ちつ持たれつです。

これはとてもフラットな関係だと思います。

チーズ屋のおばちゃんも、必要な人に、必要なものを提供するというスタンスなのかなと。

だから本来、店とお客の関係というのはフラットなはずなんです。

 

 

 

 

でもなぜ今、クレーマーが偉そうに「お客様は神様だろう?」とか言える状況になってしまったのか(そもそも「お客様は神様」という言葉はもともとお客が使う言葉として生まれたわけではない)。

それは資本主義における自由競争の結果なのではないかと私は考えました。

地域に一つしかチーズ屋さんがなければ、みんなそこで買いますが、ライバル店が現れると顧客の奪い合いが始まります。それが膨大に膨れ上がるに従って、他店との差異化のために接客の待遇をマニュアル的に変えていくようになったのかなという予想です。

 

 

 

 

確かに店として生き残るために顧客ゲットは酸素のようなものですが、その努力がだんだんと店と買い手のフラットな関係性を蝕んでいき、買い手の立場がめちゃくちゃ高いというようなイメージができてしまったのではないでしょうか。

 

 

 

 

フラットな関係といっても、実際私が書店で知らないお客さんにタメ口で話すことはまずありませんし、私は店自体がそういう風に変わってほしいとかも思っていません(これは思ったとしてももう仕方がないところまで浸透しています)。

ただ、あの「金でものを言わせる」ような偉そうな人種には、あまりにも人間的な浅さを感じてしまいますので、そういう人達のことについて分析を続けているうちに今回の話が出てきたというわけです。

 

 

 

 

私は、接客してお客さんが笑顔になってくれたら自分も嬉しいので、割と楽しんで接客している方だと思いますし、日本の接客態度がいいということは誇りに思うべきことだとも思います。

けれど、へりくだった態度がいい接客とは思いませんし、いい気になった客がどんどん調子に乗っていくと、社会の歪みがますます大きくなっていく気がします。

そんなこと言ったって、もう社会はこうなってるんだから仕方ないよ!という声も聞こえてきそうですが、学問的に分析していくことは私たちの社会を見直す上でとても大切な道しるべになるので無駄なこととは思いません。少なくとも、偉そうな態度がどこから生じてきたのかという根源を見つけることで、私の怒りメーターが落ち着く時点で大いに有効です。

 

 

 

 もう2000字くらい書いてますが、経済学、商学ではここら辺はどういう扱いになっているんだろう...もっといろんな説について知りたくなってきました。

あれだけ嫌だった経済にも興味が湧いてきた。人間、変わっていくもんですね〜