燦太郎の「表現日記」

思っていること、考えていること、本やCDのレビューなどについて毎日書きます。

気長に行こう

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

 

自分はまだ周りから若いと言われる年齢なので、接する人はやはり年上の方が多いです。

バイトの作業や、哲学や、音楽など、色んな先輩に色んなことを教えてもらいます。

 

 

 

 

 

 

 

以前から私はすぐに結果を求めてしまいがちで、少し頑張って成果がでなければ落ち込むという性格でした。自分の周りに先輩がいると余計に、「自分はなんでこんなにもできないんだろう」といじけて、自分には才能がないからだとうじうじしてしまう始末。

 

 

 

 

 

 

 

しかし最近は、それは無駄なことだと思えるようになりました。なぜなら、あたりまえのことですが、先輩と私とではもともと経験年数が全然違うからです。

今考えると、自分はなに偉そうに先輩と同じ土台に立って自分と比較しようとしてたんだ…と反省なのですが。

 

 

 

 

 

 

確かに、年数が経てば上達してるだろうと思って時間に甘えるのもよくないですが、まだぺーぺーの段階で自分の可能性を潰すのは早すぎるなと思いました。

なので、近頃は自分によく言い聞かせています。

「我よ、あせらず気長に行こうぜ」

AIと音楽

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

最近話題となっているAI。今人間がしている仕事をAIが奪っていき、人間をどんどん駆逐していくのではないかという話もよく聞きます。

 

 

 

 

 

 

これは音楽の世界でも無関係な話ではなく、実際に作曲のコンクールでAIが作った曲が高い評価を得たという事実があるようです。そうなると、AIが音楽家になる日も遠くはないかもしれません。

 

 

 

 

 

 

しかし私は、ミュージシャンという仕事を、AIに譲ることはできないと思うのです。

というか、譲ってはいけません。

 

 

 

 

 

 

心にグッとくる演奏というのは、間違いなくその人の人間性や人生が音から伝わってくると私は思っています。その人間性だったり、その人の人生そのものをデータ化することなんてできないのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

けれども、AIはどこまで勢いを増してくるかわかりません。私たちの想像を越えることをしてくる可能性が十分にあるのです。

そうなったとき、試されるのが音楽を聴く私たちの人間の感性です。

つまり、「何とも言えない感動」ができるか、そしてその感動をよいものだとして評価 

 できるかどうかにかかっています。

 

 

 

 

 

 

 

今こそ私たちがもつ人間独自の感性を大切にする時なのではないでしょうか。

AIに取って代わられる分野があるのは確実とわかっているならば、私たちはもっと危機感をもって、人間にしかできないことを磨いていくべきです。

データ化できない感性で、AIと勝負していくことがこれから大切になってくると私は思います。

目覚まし時計

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

みなさんは目覚まし時計いくつかけていますか?

 

 

 

 

いや、この質問おかしくない?普通1つだよ!と思ったあなたは朝きちんと起きれる才能のある方です。尊敬します。

 

 

 

 

 

かくいう私は個数としては2つ。

まず、ジリジリーっとうるさい音でなるアナログの時計を1つと、スマホのアラーム機能を使っています。

スマホのほうは、最低でも2回鳴るようにします。私は二度寝が激しいので、15分おきに鳴るように設定しています。

 

 

 

 

 

 

もともとは時計ひとつで起きれていたのですが、以前、目覚まし時計の音と寝ているときに見ている夢とが融合し、

なんだかうるさい夢だなぁ…と思いながら寝続けるという失敗を経験しまして…

それ以来自分を信用できず、2個使うようにしました。

 

 

 

 

 

また1つだけで起きれるときがくるといいのだけれど…

現代の若者は...

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

先日行きつけのジャズ喫茶で常連さんから聞いた話がとても印象に残ったので、今日はここに書き留めておきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

その方はかれこれジャズを40年ほど聴いていると言う、大大先輩です。

大先輩は、お酒を片手に今の若者について思うところを語ってくれました。

大先輩曰く、現代の若者「はっちゃけていない」んだそうです。

 

 

 

 

 

でもパリぴとかいるし、そんなことないのでは?と言う方もいるかもしれませんが、私は大先輩の考えに思い当たるところがないこともなくて。

 

 

 

 

 

 

 

大先輩の言う「はっちゃけ」と言うのは、思い切りのよさとか、どんどん挑戦していく貪欲さとか、そういったことを言っているんだと思います。

現代は情報社会で、どんなことでもまず調べてから行動を始めます。情報社会では事前の準備を入念にし、失敗をしないように効率よく行動することが良いことだと言う価値観が根付いていると感じます。

でも効率が良ければ自分自身いろんなことに省エネできますから、私たちのような若者は特にこの省エネに慣れてしまい、周り道をしてでもエネルギーをバンバン出していくような状況に対してかなり冷たい目を向けることが当たり前のようになってはいないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

大先輩が若い頃は、もちろんインターネットもありませんし、携帯もない。それだからこそ、「行動→情報」という、現代とは真逆の流れがあり、その流れにうまく乗っていくバイタリティを持った人が多くいたようです。

これは音楽でも同じことが言えるそうで、大先輩は、

「技術はあるが、エネルギーが感じられず、面白くない」プレーヤーが最近は多いとおっしゃってました。

 

 

 

 

 

 

うーん、確かに言われてみたらそうなんだろうな〜。

失敗を恐れずパワフルに行動するって、今私たちができてないことの一つでしょうし、

人間として面白味がない人がどんどん増えていると言われたら、じゃあ自分はどうなんだろうと色々考えるところがあります。

 

 

 

 

 

 

 

自分の周りは若い人が多いので、周囲に埋れてかなり気づきにくいけれど、私たちとはまた違った価値観を持つ方の視点を知ると、一気に視野が広がる気がします。

世代を超えてお話を聞く機会というのはやはり大切ですね。それこそ貪欲にいろんな考え方を知っていきたいです。

今日で200!

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

なんとこの記事で記念すべき200記事達成ですよ!!!びっくらこいた!!!

 

 

 

 

 

 

 

もう200も書いていたら自分が何書いたか忘れてて、おんなじようなこと書いてしまってるかもしれませんが、とにかくネタも切れずにここまで書いてきた自分に一定の評価は与えたいです(自分に甘いので...)。

トランペット以外でここまで続いたことっておそらく初めてで、またこのブログも途中で飽きてしまうのかなーと思っていたのですが、全然飽きることなく続けられています。

 

 

 

 

 

 

 

ここまで続いて改めて実感するのですが、やはり自分は書くことが好きなんだと思います。そうでないとここまで続けられてないでしょうし...

このブログを始めた当初に比べて、いまではいろんなことについて書けるようになりたいと思うようになって、自然と「ネタ集め」の視点が身につきました。

 

 

 

 

 

 

些細なことでもうまく取り上げることで面白い記事をかけたらいいな。

これからも頑張りますのでどうぞお時間ある時にお付き合いくださいませ。

いつも読んでくださり、ありがとうございます!

 

雑誌

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

雑誌が好きです。最近は、毎月ファッション誌を1冊と、その時の気まぐれで面白そうなものを数冊買います。

 

 

 

 

雑誌言っても本当に取り扱うジャンルもそれぞれで多種多様ですが、そのなかでもちゃんと本として取っておきたいと思えるくらいにデザイン性や写真が美しいものがあります。

 

 

 

 

 

 

そうした出版社のこだわりが現れているものは、読んで面白いかつ見て楽しいという、

文庫本でも写真集でもできないことを1冊でやってのけています。これはもう、ある意味1つの作品なのではないかなと思うんです。

 

 

 

 

 

しかも雑誌のいいところは、若者でも手の届くお値段。手軽に買えて、何度も目を通すことで自分の感性、センスを磨いていくことができます。

 

 

 

 

 

 

こんなに素晴らしいところがぎゅっと詰まった雑誌ですが、最近では雑誌離れが進み、どんどん数が減ってきているようです。

情報はほとんどネットで得られますが、そのページのレイアウトにいかにこだわっているかや、くすっと笑えてほっこりするようなコラムの温かさは、やはり雑誌を読む、見ることで伝わってくる気がします。

 

 

 

 

 

雑誌好きとしては、雑誌数の現象はとても悲しいです…

わずかではありますが、私もできるだけ雑誌を買うようにして、少しでも雑誌の存続に貢献できたらいいなーと思っています。

寒いとなぜか...

 

 

 

どうも。燦太郎です。

 

 

 

 

 

 

今日はとても寒かったです。特に風が強くて、大学の構内を歩いていても枯葉が襲いかかって来るくらい吹き荒れていました。

 

 

 

 

 

 

私はなぜだか、この激しく冷たい風を体で感じると、思わず「ああーっ」と叫んでしまいます(キース・ジャレットよりはおとなしく)。

おそらく、寒いと声を上げるという人は私だけではないと思うのですが(というか思いたいのですが)、自分でもその理由がわからなかったので、今日は自分なりに考えてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つは、叫ぶことで寒さを紛らわせようとしているという可能性。黙ってじっと寒さに耐えるよりは、声を出したり、誰かと喋ったりして気を紛らわせることができるのではないかという見解です。

 

 

 

 

 

 

もう一つは、寒さに耐える自分の体に活を入れるため。

例えばスポーツ選手って競技によっては試合中に叫んでいたりしますよね。卓球でも打ち返す時に声を出していたり、ハンマー投げの選手なんかめっちゃ叫んでます。ハンマー投げでは、声を出すほうが記録の伸びがいいと言う話も聞いたことがあるくらいなので、体の動きと声を出すこととの間には何かいい相互関係があるのかもしれません。

そう考えると、私も寒さに耐えるために体の筋肉を震わせたりしていることから、体の筋肉を活性化させるのは叫ぶことが有効なのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで考えてみましたが、これはあくまで私個人の推測です。また新しい見解が出てきたら、ここに書きたいと思います。

明日もとても寒いようなので、皆さんもどうかおきをつけてお過ごしくださいませ。